奈辺書房

不確かなこと日記。

自慰

一番はじめのブログのタイトルに、「自慰」とつけるのはどうなんだろう。すくなくとも、私はそんなブログを絶対に読みたくない。

 

ブログを開設してみようと思ったきっかけは、便意や自慰行為のようなものに近いかもしれない。それか若しくは吐瀉物のようなものだ。いずれにせよ、至極まっとうな思考回路を有している人間が、他人の目に入れようと思うようなものではないことだけは確かだ。つまるところ、明確な意思や思惑は存在しない。

 

無駄に夜を更かしたせいで当然のように朝寝坊をして、誰かからの後ろめたさを抱えながら日中を過ごし、夜風とともにあらゆる罪が見逃される街に溺れて、そして結局夜を延長する生産性のない生活の繰り返し。

 

そんな生活のなかでも、私にはどうしても吐き出したい、吐き出さなければならないと思う事柄に触れる瞬間が度々ある。それは、社会的価値もなければ、誰かの共感を得ることも、誰かを救うこともないかもしれない。まさに、終電の時刻が過ぎ去った後の渋谷にぶちまけられる吐瀉物のようなもの。

 

カラダのどこかの拍子が狂って、自分の意思とは相反して外に出てしまう行為は、後悔を抱くことが確約されているようなものだし、それはそれは恥ずかしい。自慰行為だって、恋人の前でも見られたくないでしょ、普通は。

 

私にとって、Twitterに写真をあげたり、言葉を繋ぎあわせたりすることで、なんらかのメッセージを発信するというのは、上述したような行為に近い。簡単に言うと、自己顕示欲を偶像にしたものがTwitterだ。如何せん、言葉を吐き出すことについては留まるところを知らず、他人様のタイムラインを汚すこともしばしばある。きっと、ミュートをしているあなたは正常で、全部チェックしているあなたは異常だ。しかし、そんな異常なあなたはとっても愛おしい。

 

しかし、そんな愛おしい人でさえ、汚いものをずっとは見ていたくないだろう。

 

これからはブログにてまとまった言葉を綴っていこうと思う。

 

至極私的な散文になってしまったが、異常なあなたには稀にでよいので覗いて欲しい。

 

それでは、また。