吉野家泥酔おじさんの巻
吉野家泥酔おじさんの巻
「いくら掻き集めても小銭が200円しかない……」
そう気づいたのは、牛丼大盛汁だくを米一粒残さず綺麗に平らげたあとだった。
しかし、僕とてもう大人であるからクレジットカードくらい持っている。カードで支払いを済ませようと、働き始めて間もないであろうフレッシュ感を帯びている店員にカードを手渡した。
なにやら店員の様子がおかしい。カードを持ったまま3秒ほど凍りついているのだ。飲食店で働き始めたてにありがちなカードの扱いがわからない、というやつのなのか?と思ったが、そもそもカードが使えないとのことだった。
まじか、どうしよう。と悩んでいる僕の隣から声がかかった。
「兄ちゃん、俺が払ってやるよ。ちょっと待ちな」
神か。世田谷に神は実在した。信じて労働しまくったら会えるとか、修行を積めば神的なそれになれるとか、トイレにいるとか聞いていた神というやつが、そこにいた。その神の姿は、昼過ぎにも関わらず牛丼チェーンで泥酔しているゴリゴリのホームレスおじさんであるが、その時の僕には浅野忠信の如く渋い男気を放っているイケおじに見えた。
しかし、状況が状況とは言え、見ず知らずのおじさんに支払いを肩代わりしてもらうわけにはいかない。義務教育を受けている僕なら、それくらい2秒で理解できる。
そう思って
「いえ、おじさん大丈夫ですよ」
「店員さん、そこのゆうちょで降ろしてくるので、もう一度支払いに戻ってくる形でもかまわないですか?」
と切り出そうとしたところ、おっさんがこう云った。
「あれれ〜、一銭もねえや」
え……?
どうやら、目の前にあるパチンコで大負けしたうえに泣けなしの財産で煙草を買ってしまい、手持ちが無くなったところらしい。とんだクソ親父である。
結局、僕はすこし歩いたところにある銀行でお金を降ろして事なきを得たが、その後おっさんがどうなったのかはわからない。